38.蜘蛛の王2
「愚か者がまた来たか」
チェストを前に男……バグマスターの最初の言葉は、どこか気怠さを感じさせた。
互いの間合いにはまだ遠い。おそらくはまだ猶予があるだろうとみて俺は声を掛けた。
「お前がバグマスターか?」
その言葉にゆっくりと振り返った男は、肯定するかのようにサーベルに手を掛けた。
「!!」
「そうだ」
――瞬撃が俺の目の前にあった。
怪しく輝く剣身は滑らかな光の軌跡を描いて俺の脳天へと正確に導かれていく。そのありようは、もはや芸術の域にたどり着いたと言ってもいい。
そんな芸術的なラインに魅入られる寸前、俺は愛刀でその軌跡を受け流す。
「ほう」
まるで何も見ていないかのような虚ろな目線で、バグマスターが感心の声をあげた。恐るべき腕前なのは勿論だが、こいつの剣も凄まじい。
何を見ているのか、底が見えない視線の奥底にある意図を探ろうとして、辞めた。
こいつはそんなレベルに居ない。
「ただの獲物ではなさそうだ」
そして虚ろだった目に、かすかな炎がともったような気がした。
――――――――――――――
技量はわずかに俺が劣る。
剣を除けば装備は俺が上回るだろう。
俺はヤツの剣を、わざと鎧に当てるようにして隙を作り、よほど裸ともいうべきその身に俺の剣を叩き込むことだけに集中する。
ハンパな剣じゃ生身であっても滑らされてしまうその技量に、俺の冷汗は止まらなかったが。
「……っ」
集中の限界点に至った剣の応酬に吐き出される声などない。
隙を作るためになすべきことは気勢でも奇行でもなく、ただただ純粋にヤツの剣をいなし、流し、時に受け止め、わずかにブレた体幹を狙ってこちらの剣を打ち込む瞬間を狙うだけだ。
綿密に編み込まれた鎖がほころび。
名工が手掛けた傑作が歪にゆがみ。
俺の両手足が限界を迎えるよりも前に。
俺の剣が。
ヤツに届いた。